城崎温泉・「油筒屋」(ゆとうや)の魅力を探る、庭園と建築 ~作庭術と建築術について~

当館にお越しの際には、ぜひ庭園と建築の見所をご覧くださいませ。

油筒屋旅館は、まず表門から裏山まで続く、緑豊かな”庭”が、お出迎えします。

表門と両脇の庭は、油筒屋旅館の「ショーウインドー」でもあります。
門は油筒屋の建築群を代表し、灯籠と松は庭園を象徴しています。

表門をくぐられたお客様は、ご予約の内容に関係なく、皆様すべて表庭を巡られ、油筒屋の庭園と建築をご覧になって、フロントへと進んで頂けます。

前庭と建物に囲まれた庭は、作庭された”人工”の庭です。
裏山は手を加えることが出来ない「保安林」に指定されている自然林です。
雲生亭・滴水楼から見る庭は裏山を”借景”にしており、
見どころは、人工と自然のコントラストです。

油筒屋庭園には池も瀧もありませんが、”川”があります。枯山水です。

表庭には川・「青瀧」が巡っています。
門から緩やかに下り、両側は護岸石組で、メインの島―築山に当り、詠帰亭へ寄り、あずまやへと蛇行しています。右手にあるのは水の神様―龍神社です。 昔、浴客は八鹿あたりから湯島舟という船で円山川を下り、大溪川を上がって宿に着きました。龍神が油筒屋の守護神ですので、水はないのですが「枯山水」の手法を借り、川を巡らせる趣向を凝らせたと思われます。

庭園と建築は、主と従の関係ではなく、渾然一体となって”格調”を醸し出しています。

油筒屋の庭園は、建築の附属でも、隙間を埋めるスペースでもなく、建築と一体となっています。
それは離宮や別荘、或いは伽藍の姿と同じです。
ゆとうやの庭園は、城崎温泉だけでなく、但馬でもたぐい稀な名園ではないかと言われていますが、そうかも知れません。

こちらの写真の「詠帰亭」は、元、阿波蜂須賀候の逗留所でした。明治初年、京都から宮様の御殿を、ここ油筒屋へ移築しました。御所の北にあった伏見宮家と思われます。
大正14年の北但震災で壊れましたが、昭和3年に再建したものが現在の詠帰亭で、名称のみ「詠帰亭」を継承しました。皇族方のご宿泊専用です。

庭園は、それぞれの位置によって大きさは違いますが、
樹木や灯籠の構成は同じです。

メインとサブがあることが、油筒屋庭園の作庭術の第一の特徴です。メインの筑山へいたる両側がサブです。裏庭も同様に、筑山のメインに、サブが連なります。

第二の特徴は、「坪庭」です。油筒屋は建物が幾つもあります。建物と建物の「間」ができます。ここに坪庭の作法を取り入れています。ちゃんと灯籠と樹木があります。

第三の特徴は、灯籠にも必ず主と副があることです。
いづれも「春日灯籠」です。
表庭のメインである筑山の主灯籠は10尺もある圧倒的な大きさです。

春日灯籠は詠帰亭に代表される格調高い建築との調和をもっての選択と思われます。石は北但地震にも耐えたはずです。玄武岩の手水鉢もあります。
石塔が2基、石仏もあります。自然石やシュールな型の灯籠もありますが、
隅に置いています。

樹木にも「格調」が貫かれています。徹底して「松」をメインにしています。
表庭の筑山は、高くそびえ・中をおさめ・低く這うように、と
「松」が支配しています。

建物とその座敷には「様式」による違いが有りますが、基本的な寸法体系は同じです。

お座敷の「格」は”建築様式”によって区別されており、扶老亭のお座敷は作法通りの書院造り。違い棚・床の間・付け書院の<3点セット>が揃っています。
詠帰亭は更に格式高い格天井です。
雲生亭・滴水楼は数奇屋調で、長押(ナゲシ)付きです。
お部屋の大きさを決める”寸法は”、すべての建築に共通しています。
ゆとうや旅館の寸法はすべて「本京間」です。
一般的な江戸間と比べると、8帖の間では、約26%も違ってきます。
油筒屋旅館は、畳の広さにまでこだわり、窓から眺める庭園の美しさと御簾や
建築物との調和が、最上級のくつろぎ空間を演出します。

油筒屋旅館の庭園と建築は、粋を凝らし、知恵を絞って造られており 設計者や匠の思いが込められているだけでなく其処で語られた客人と主人との対話、議論がこもっています。

二千坪の日本庭園は、裏山との一体感で城崎温泉の街の中とは思えない静かさで四季それぞれに趣きがあります。
雨に濡れた木々の緑が鮮やかな新緑の春、浴衣と下駄の風情が似合う花火のあがる夏、深まりゆく秋の山、冬は一段と味わい深い雪景色でお楽しみいただけます。

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